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飛騨高山の造り酒屋が「ウイスキー蒸溜所」を設立へ!舩坂酒造店社長インタビュー【前編】

2022年3月。『高山市の舩坂酒造店が、高根町(旧高根村)にある廃校を利用して新たにウイスキー蒸溜所を作る』そんなホットなニュースが飛騨を駆け巡りました
その後、スタートした「飛騨高山蒸溜所プロジェクト」のクラウドファンディングでは、一日にして1000万円を集め、10日で3000万円を突破。地元だけでなく全国のウイスキーファンからも支援が集まり、大きな反響を得ています。
今後は施設を整備して、2023年から蒸溜を開始し、2026年のウイスキー発売を目指す予定です。
今回は、飛騨高山蒸溜所の発起人である舩坂酒造店社長・有巣弘城さんに、蒸溜所設立に至るまでのストーリーと飛騨高山への郷土愛を語っていただきました。

《はじめに》クラウドファンディングの反響に感謝

クラウドファンディングを立ち上げた時、今は全国的にウイスキーブームですので、ある程度は勢いで集まるのではないかと予想しました。しかし、ここまで大きな反響があるとは想像しておらず、正直驚いています。

支援して下さった方からのコメントを見ると「わたしは高根出身で…」と、胸にぐっとくる温かいお言葉がたくさんありました。

地域の方々にも応援していただけているというのは非常に嬉しいですね。

記者会見の様子。来賓と蒸溜所プロジェクトのメンバー。

4月4日には、旧高根小学校の体育館を会場にして、今回の蒸溜所プロジェクトの記者会見を開きました。

この時、高山市長をはじめ、高根小学校の最後の校長だった砂田明伸さん、高根小学校の卒業生で元高根支所長の中井剛彦さんを来賓としてお招きしました。会見中、砂田さんと中井さんが、旧高根小学校への溢れる思いを祝辞で熱く語ってくださったんですよね。

それらをじっと聴いていたら感動がこみあげてきて、涙をこらえるのに必死でした。学校は地域の宝物なんだと改めて感じました。

ちなみに、今回のクラウドファンディングで応援してくださった方を見てみると、岐阜県の方が1/4くらいで、残りの3/4はなんと岐阜県以外の方なんです。

これは、今後、飛騨地域の方が「おらが町にウイスキーの蒸溜所があるんだ」と誇ったときに、「すごいね」と言ってくださる人が県外にたくさんいらっしゃるということです。

将来的に考えてみても、非常にありがたいことだと思っています。

高山で生まれ育ち、高山に還る

有巣弘城さん

私の生い立ちをお話しします。

私は、飛騨高山で生まれ育ちました。

私の曾祖父母が『アリス食堂』という洋食屋を営んでいて、その後、私の祖父が経営を引き継いで事業を改革。現在はアリスグループとして旅館を中心に経営しています。

長男として誕生した私は、幼い頃から祖父に期待を寄せられ、ずっと「将来、お前が社長や」と言われて育てられました。

私が育ったのは高山の下一之町で、高山祭の秋祭りの区域です。私は小学1年生の頃からずっと、大人に混じって布袋台のからくり人形の操り手をしてきました。そんな私を、地域の人はとても可愛がってくださいました。

祭りを通して「地域の伝統文化をつないでいく」という意識を植えこまれてきたと思います。それが自分の誇りになっています。

秋の高山祭、布袋台のからくり。

成長した私は東京の大学に進学し、都内の企業再生等のコンサル会社に就職しました。

自分のなかでは、このまま東京にいて会社に勤めながら経営の勉強をし、30代くらいで帰郷するかどうか決めればいいかと、そんな人生プランを思い描いていました。

ところが、社会人一年目の時に、実家から連絡があり、「上三之町の造り酒屋を引き継ぐことになったから、すぐに帰ってきなさい」と突然言われたのです。

あまりに急な話に戸惑いながらも、しばらくして私はしぶしぶ会社を退職し、高山に帰ってきました。そして、祖父と一緒に舩坂酒造店の立て直しに入りました。

当時の私は、お恥ずかしいことに、日本酒の知識はゼロ。大吟醸や本醸造の違いも全くわからない状態でした。しかも、日本酒はあまり飲んだことがなく、好きではなかったのです。

ところが、そんな私の気持ちが大きく変わる出来事が起きました。

初めて本物の日本酒と出会う

舩坂酒造店

舩坂酒造店に入って最初の冬、2010年12月。

杜氏が、できたての新酒を「飲んでみてください」と言って持ってきました。

そのころの私は、日本酒の勉強を少しずつしていましたが、どう販売を強化して良いかわからず、「どうせ他のお酒と同じでしょう?」と思っていました。

ところがです。

杜氏が差し出した猪口(ちょこ)を手に取り、くいっと飲んでみた瞬間、あまりの美味しさに身体に電撃が走りました。思わず「えっ?嘘でしょ?日本酒ってこんなに美味しいんですか!?」と声が出ました。

私が今まで日本酒だと思っていたのとは全く異なるものでした。これが本当の日本酒の味だったのです。

そして、「これならいける!」と確信しました。

当時25歳だった私が感動したのだから、きっと同世代の人たちも、美味しいと感じてくれるはずだ…と。私のなかで、日本酒の新しい扉が開いた瞬間でした。

この体験がきっかけとなり、私は日本酒が大好きになったのです。

ちなみに、このとき、私が感動したお酒は、弊社の『深山菊しぼりたて生酒』です。

その後は、私が感じたあの感動をお伝えすべく、お客さまが美味しいと喜んで笑顔になってくださることを原動力に、邁進してまいりました。

おかげさまで、酒蔵を引き継いでからこの10年間で、会社は大きく飛躍しました。

今まで、スタッフ一同でコツコツ取り組んできた弊社の10年間の積み重ねを、いろんな方に知っていただき、ご評価いただいたことが、飛騨高山蒸溜所のクラウドファンディングの結果に現れたのではないか…と思っています。

コロナによってピンチに。岐路に立たされた酒蔵

こうして順調に売り上げを伸ばしていた当社が、なぜ、蒸溜所設立に向けて動き出したのか。その大きなきっかけは、やはりコロナでした。

コロナで観光客が激減し、我が社も大きな痛手を受けました。

先述の通り、私がしぼりたての酒に感動して日本酒にすっかりはまったことから、舩坂酒造店は「できる限りフレッシュな日本酒を提供する」という経営を目指すことにしました。そして、それに合う設備更新や製造をしてきました。

冬につくったお酒も、すぐに瓶に詰めて冷蔵庫に保管する方式をとることで、酒が酸化するのをできる限り抑えるようにしました。こうすることで、通常より「新鮮なままのお酒」を楽しんでいただけます。

ところが、コロナによって日本酒の出荷が止まり、過剰在庫となる事態が起きたのです。

酒はアルコールなので腐ることはありません。しかし、フレッシュな日本酒を提供するということは、生鮮食品と同じで鮮度が大事になります。いくら酸化を抑える製造方法に切り替えたとはいえ、時間が経つと風味や味わいが変化していきます。つまり、時間の経過とともに、その価値(鮮度)がどんどん下がってしまうのです。

フレッシュさを武器にしていたわが社にとっては、大変な事態でした。

この時、私は、「今のコロナ禍をなんとか乗り越えられても、今後、同じようなことがもう一回起きたら、それこそ大変なことになる…」と感じました。

そこで、アフターコロナに向けて、将来のことも見据えた「新しい扉」を探し始めました。

飛騨高山の未来のために、新しい種をまかなくてはいけない

同じ頃、観光都市・飛騨高山も「将来の観光をどうするのか?」という大きな岐路に立たされていました。

コロナ禍で街の活気が消えていくなか、地元で観光業対象の勉強会が開かれ、私も参加しました。

そんなある日、オンラインで開催された勉強会にて、非常に印象深いお話と出会ったのです。それは、「地域の人にとっては宝だけど、経済面では宝ではない。そういうものがたくさんある」というものでした。

地域の人々の想いはたくさんあっても、その宝を維持するための稼ぎがなく、費用が出せないと、残すことはできない。こうして廃れていくものや無くなっていくものの中に、地域の宝物がたくさんある…という内容でした。

このお話を聴いた時、「これはまさに高山市の課題だ」と感じました。

現在、高山市内には休眠施設が800以上もあると聞きました。それぞれに地域の人々の想いがあるはずですが、生かすことができません。また、施設だけでなく、昔からの伝統工芸も同じです。高山の木工芸『千巻(せんまき)』が、今や作り手がいなくなり、現存するものしか手に入らないという状態です。

そう考えると、将来に引き継いでいける「宝」のようなものを、今、作っておかないといけないし、残せるものなら残していきたい。更には、残すための武器になる「資金源」も作り出さなくてはいけない…と。そう強く思いました。

振り返ると、今から50年ほど前の昭和40年代、当時の高山の人々が「高山は観光で生きていくんだ」と決意をして、その役目を背負い、自分たちが儲けた分を出し合いながら、少しずつ少しずつ種をまいてくださったんですよね。

そんな先人たちの努力によって、現在の「国際観光都市・飛騨高山」の土壌ができたのです。

しかし、ここ10年くらいは、先人たちがまいた種を、後に続く私達が食いつぶしながら今に至っているのではないか…と思いました。

このままでは、大事な種を食いつぶしきってしまう。
大切な宝を全て失う前に、なんとかしたい
そんな思いが芽生えてきました

後編に続く

舩坂酒造店
《住所》岐阜県高山市上三之町105番地
《電話》tel:0577-32-0016
《営業時間》9:00〜18:00(急な営業時間の変更もございます。)
《ホームページ》https://www.funasaka-shuzo.co.jp/

《飛騨高山蒸留所プロジェクト・クラウドファンディング》
https://www.makuake.com/project/whisky-hida/



 

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下畑恵美子
生まれも育ちも飛騨高山、飛騨弁ネイティブです。 子育てを卒業し、束の間の自由を謳歌中。 素敵な人やモノと出会い、その時の感動や情景を文章に書き表すことが好きです。